バートドリッパー開発の裏側 新潟バリスタ・星野元樹「コーヒーを淹れて家族と一緒に愉しむ時間、これが非常に良くて。」
「ゆっくりとした愉しい時間を過ごす」。そんなきっかけになってくれればという想いから、私たちはコーヒー抽出器具のバートドリッパーを開発しました。
バートドリッパー開発の裏側には、コーヒーの専門家として新潟のバリスタ・星野元樹氏にご協力をいただき、どうすればより一層スペシャルティコーヒーが愉しめるようになるか多くのヒントをもらいました。
そこで、今回は星野元樹氏のコーヒーの考え方と、そのルーツとなるエピソードを語っていただきました。
星野元樹(ほしの げんき)氏
2005年にコーヒーの世界へ。タリーズコーヒーにて店舗マネージャー、コーヒースクール講師を務めた後、新潟伊勢丹『ショコラモード』でバリスタとして店舗を運営。その後、鈴木コーヒーに入社して直営店事業統括マネージャーとなり、ぴあ万代、伊勢丹に直営店をオープンさせる。2018年に独立し、家業の稲作農業とコーヒー業の二刀流『ホシノテラス』をスタート。
ーー 現在、主にどんな活動をされていますか?
新潟のカフェ、珈琲焙煎士の方々と一緒に『にいがたコーヒープロジェクト』という活動をしています。新潟県立植物園の中にカフェをオープンしていまして、プロジェクトプロデューサーをしています。また、2020年3月からはカフェオーナーも兼任します。
ここではカフェだけでなく、温室の中でコーヒーを育成し、苗木をご家庭で育てていただけるように販売もしています。コーヒーを苗木から育て、自分たちで実を収穫して淹れる。そんな所まで一緒に楽しめたらコーヒーとより仲良くなるきっかけになるんじゃないかなと思って、種からカップまで楽しもうよという活動をしています。
コーヒーとの出会い
ーー どうしてコーヒーの世界に入ろうと思ったんですか?
実は元々はコーヒー嫌いだったんですよ(笑)。
なんで嫌いだったのかというと、高校生の頃にお付き合いしていた女の子がいて、すごくおしゃれが好きな子で。当時、万代(新潟県)のスターバックスコーヒーがオープンしたばかりで「スターバックスはおしゃれだ。いくぞ。」となりました。
その時に初めてコーヒーのお店を経験したんですが、おしゃれな所ですごくいい香りがする場所だと思いました。当時は普段からコーヒーはそんなに飲む方ではなかったので、何を飲もうか迷っていたら、彼女が「スターバックス・ラテがおいしいらしい。ラテを頼みなさい。」と言うのでラテを頼みました。
出てきたラテを一口飲むと「ミルクがいっぱい入っている割には結構苦いんだな…」と思って、砂糖を入れようとしたんです。そしたら、彼女が「・・・ダサっ。」って(笑)。
ーー (笑)
「砂糖いれるのはダサいのか」と思って、あんまりおいしくなかったんですけど、砂糖なしで一生懸命全部飲んだんです。それで、その後バスで帰ったんですけど、帰りのバスで戻しちゃって(笑)。すごい肩身の狭い思いで帰りました。
そこから「戻しちゃったのはコ-ヒーのせいだったんだろう」と勝手に思っちゃって。コーヒーが嫌いになり、飲まない日々が5年ほど続きました。
コーヒーの世界に入ったきっかけ
ーー それなのにどうしてコーヒーの世界に?
高校卒業後は調理関係の専門学校へ進み、就職も厨房での調理関係の仕事につきました。ただ、厨房では中々お客様と触れ合うことがなく、もっとお客様と触れ合いたいという想いが芽生えてきたんです。
それで友達とカフェをやりたいなぁと考えていたんですけど、その相方の男の子がすごく料理が上手で。それで僕は料理よりもお菓子のほうをやろうと思ったんです。
お菓子の職場も少し勤めたんですが、その頃、スノーボードで大きな怪我をしてしまって。2年ほど療養が必要になりました。
入院中、図書館で借りてきた本を病院のベッドで読んでいたのですが、そこでたまたまバリスタという生き方に触れる機会がありました。嫌いだったコーヒーの上に絵を描いてお客さんに喜んでもらったり、そんなサービスができるということを初めて知りました。
改めて病院の売店に行き、ドリップパックのコーヒーをいろいろ買って飲んでみたら、「あれ、一個ずつ味が全然違うんだな…これちょっと面白いんじゃないか?」と思って、コーヒーの勉強を始めたんですよ。
ーー 一冊の本がきっかけになったんですね。
そうなんです。それに最初にタリーズに入ろうと思ったのにも理由があります。ちょうど病院の先生に仕事復帰しても大丈夫と言われた頃、『すべては一杯のコーヒーから』という書籍を読みました。
当時、タリーズが国内で100店舗を出店したタイミングだったのですが、この本は日本のタリーズを創業した松田公太さんという方が書いた本で、コーヒーの勉強本かと思ったらそうではなく、自己啓発的な内容でした。
7000万借金してお店を始めたとか、最初は自分のお店の床で寝てる日々とか、そんな頃からフランチャイズを展開して100店舗を達成して。そんな内容を読んで「あ、すげーな。これもうタリーズしかねぇな!」と、心に火が点いたんです。
当時22歳と若かったせいか、今考えるとありえないことですが、本を読んでパタッと閉じ、その足で新潟駅にあったタリーズに行って、「すいません、雇ってください。アルバイトでも何でも構わないので仕事をさせてください!」といきなりお願いに行きました。これがきっかけでご縁をいただき、コーヒーの世界に入ることとなりました。
コーヒーの世界に入ってみて
ーー コーヒーの世界に入ってみて、特に印象深かった出来事などはありますか?
タリーズに勤めていたときに「有り難いなぁ」と一番のモチベーションになったことがあります。
僕のコーヒースクールの仕事を介して、お店によく来ていただいた女性のお客様がいました。それで、その方が別のお仕事をしていたにも関わらず、なんと転職してタリーズコーヒーで働くようになったんです。
そのきっかけはなんだったのかというと、僕のコーヒースクールを受けたことだったんです。そう言っていただけたのが非常に有り難くて。僕もその方とは仲良くしていただいて、未だに交流があります。
女性の方なので結婚されてライフステージが変わり、お子さんもできて一度はお仕事を離れたんですけど、その後、僕の前職の鈴木コーヒーでアルバイトしてくれるようになって。これは有り難いことですよ、コーヒーを介して人と人がつながることは、すごくいろいろあります。
ーー 人と人がつながる。素敵ですね。
接客は正解がないのかもしれないですけど、みなさんやっぱりコーヒーを飲もうとか、お話しようという目的を持ってお店にいらっしゃいます。
「この人どうしたら嬉しいかな? 喜んでくれるのかな?」、そんな風に今自分で何ができるのかを常に考えて、コーヒーを好きになってもらおうという想いでやっていました。
コーヒーに砂糖は邪道なのか?
ーー 高校生の頃のエピソードがありましたが、お店に来た高校生をみて思うところはありましたか?
当時のタリーズでは、そんなに高校生のお客様は多くはいなかったのですが、若い方も来るのでできる範囲でいろいろしてました。
たとえばココアの注文が入ったときに、普通タリーズはラテアートをとくにする感じじゃなかったのですが、表面にちょっと絵を書く程度のことはできたので、かわいいクマちゃんを書いたり。他にも勉強してる人が多かったので、そういう人には「がんばってくださいね!」と一声かけたり。
そういうのが、その人のモチベーションになればいいなと思って。
ーー 砂糖を入れようとして「ダサい」と言われてしまったエピソードがありましたが、実際そうなのですか?
それは逆にすごい言うようになりました。「ブラックで飲むのが通(ツウ)と思ったら、そんなことないですよ。」と。
コ-ヒースクールでもそうでした。大人の方でも「お砂糖、ミルクってやっぱり邪道なんですか?」って聞かれることがよくあって。
これに対しては「もう目一杯、好きなだけ入れてくれ。」と言います。そんなときにさっきのエピソードも話したりしますね。
ーー 「いいコーヒーはブラックで」というイメージを持っていましたが、そうではないんですね。
おいしくなかったら意味がないですからね。でも、かっちょつけるのはいいと思いますよ。僕もかっちょつけたわけじゃないですか。砂糖入れたかったけど(笑)。
イタリアのコーヒー文化
ただ、最近その話だけじゃなくて、コーヒーの本場イタリアでの話をすることがあります。
現地の方に「僕は日本でバリスタをしているんですけど、コーヒーにお砂糖って入れますか?」という質問を幾人かの人にさせていただきました。そしたら、「砂糖を入れないコーヒーなんてあるの?」と逆にイタリアの方は皆さん、そう言うんですよ。
エスプレッソという、少量で濃いコーヒーを飲む飲み方があるんですけど、イタリアでは砂糖を入れるのがスタンダートなんですよね。
ーー イタリアでは砂糖を入れるのが当たり前なんですか。日本の感覚と違うんですね。
これは家庭環境を考えたらわかりやすくて、お父さんお母さんもコーヒーが好きでブラックで飲んでたら、お子さんもコーヒーってブラックで飲むもんなんだな、と思って育つと思うんですよ。
でも、イタリアって小さい頃から大人たちが砂糖をいれて飲んでいるわけです。そしたらコーヒーは砂糖を入れて飲むものだと思って育つ。だからすごい笑われました。「砂糖をいれないコーヒーなんてあるの? それ美味しいの?」って。
コーヒーでつながる縁
ーー イタリアの話がでましたが、他に海外での印象深かったコーヒーエピソードはありますか?
コスタリカに2018年に行ったんですけど、そこでのことも印象深かったですね。元々コーヒーの産地国に行きたくて。ただ、どこがいいっていうのは特になかったんですよ。そしたら、たまたま独立したタイミングで、チョコレートの催事『ショコラモード』でコスタリカの方と出会う機会があったんです。
当時、僕は期間限定のカフェをやっていて、ブースの隣ではドミニカ共和国のチョコレートを販売しているお店がありました。そこにラテンアメリカ系のイケメンのお兄さんがいたんです。
ブースが隣だったので「ドミニカの方ですか?」と質問したら、「コスタリカだ。」って言って。僕は元々コスタリカのコーヒーの味が好きだったので「えー、僕コスタリカのコーヒー大好き!」と言ったら、もうその瞬間に握手して「おお、ブラザー!」みたいな感じで。コスタリカの人って「こういうノリなんだ!」と思って。
これが2015年頃の話なんですが、その方と交流するようになりました。それで、2018年にその方が母国に帰る機会に「もしよかったら一緒に行きませんか?」と誘ってくれたんです。カカオの買付にいくけど、コーヒー農園も見に行ったりできますよと。それで「いきます!」とコスタリカに行くことにしました。
産地国のコーヒー栽培事情
ーー コーヒーを通して人と人とがつながったんですね。コスタリカはどんな所でしたか?
コスタリカはチョコレートとコーヒーがすごい身近な国で、高品質なものを扱っています。
チョコレートは低地で作って、同じエリアの高いところでコーヒーを栽培して。導入している技術もすごいアナログなところもあれば、最先端でやっているようなところもあって。すごく進んだ農業をしている印象でした。
中でもすごくよく覚えているエピソードがあって。僕は稲作農業もやっていますが、お米を作っているときに農薬を使うかどうかというテーマは、やっぱりどうしたって考えなきゃいけなくて。できれば使いたくない。お米は体に入れるものですから。
でも、農薬を使わないということは虫との戦いになる。虫が発生すれば収穫物が著しくダメージを受けてダメになってしまう。なので、国の基準に則った中で使うわけですよ。
それもあって現地の農園の方に聞いたんです。「僕、日本でお米を作っているんですが、農薬ってこの国ではどういうふうに使うんですか?」と。
そうしたらすごい不思議な顔をされて、「農薬? 人が食べるものに薬を使うのかい?」と言われたんですよ。ということは、ここでは無農薬で作られているわけで、オーガニックしかないんですよ。
農薬大国の日本とは感覚がまるで違う。かたやオーガニックなんて当たり前で言わないんですよ。「人が食べるものになんで薬を使うんだ?」と言われてなるほどと思いました。当たり前は当たり前じゃないんだって、すごく思いました。
開発に参加してみて
ーー 数々のエピソードをありがとうございます。バートドリッパー開発にあたり、星野さんから沢山のご意見をいただきました。開発に携わってみてどうでしたか?
イメージしていたものが形作られて、商品になっていくことにワクワクしました。これはずっとやりたかったことで。アイデアはあるけど、モノを作りたいけど、モノを生み出す技術がない。
そしたら作ってくれるというので、使ってみて感想や意見を言って。そうやってどんどん素敵なものが出来上がっていくので、非常に面白い経験をさせていただきました。
これからについて
ーー 今後、どんなことをしていきたいですか?
お米で命を届けて、コーヒーで豊かさを届けたいですね。
2018年に父と叔父がしていた家業の稲作農業を世代交代のため引き継ぎ、コーヒー業を一緒に兼業にてスタートしました。稲作農業のことはまだまだ学び途中で、シーズンになると新しい発見がいっぱいです。
お米とコーヒーってあんまり近くない感じがしますが、コーヒーも農作物なので農業に携わってコーヒーの方で見えてくることが沢山あります。
僕的にはコーヒーも全然まだまだ学び途中で、ずっとひよっこなんですよね。学んでも学んでも、学び足りるということが全然ない。コーヒーが好きだから学ぶのも楽しいですし、これから先もずっと学び続けていくと思います。
「ゆるり」な過ごし方
ーー 最後に、星野さんが思う「ゆるり」な過ごし方を教えてください。
家の前が田園風景なので、この景色を見ながらゆっくりとコーヒーを淹れ、それを愉しむ時間ですね。田園風景は慣れ親しんだ景色なので、やっぱりすごくゆったりできる。
これを見ながらゆっくりする時間、コーヒーを淹れて家族と一緒に愉しむ時間、これが非常に良くて。僕の大好きな過ごし方です。
インタビューを終えて
ドラマチックなコーヒーとの出会いから始まり、コーヒーが人と人をつなげてくれる話や当たり前は当たり前じゃないというエピソードがとても印象的でした。コーヒーへの情熱、家族への愛情、人が持つ心の熱さと温もりをたっぷり感じ、なんだか私もホットなコーヒーでほっと一息、ゆっくり家族と愉しむ時間を過ごしたくなりました。
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